神戸ムスリムモスク公式HPにようこそ 当モスクは1935年に建てられた、日本最古のモスクです。

〒650-0004 兵庫県神戸市中央区中山手通2-25-14

お知らせ

1935年に開院しました
2016/09/08   >>学習資料

神戸ムスリムモスクは、在神教徒らの寄付金により1935年に建立されました。同年8月2日に献堂式が執り行われ、当モスクで始めての金曜礼拝が行われました。その後10月11日、約600名の来賓を迎えて旧トア・ホテルにて祝賀会が執り行われました。

祝賀会での勝田銀次郎第8代神戸市長による祝辞と、神戸ムスリム・モスク理事会による挨拶が残されていますが、全文をご紹介いたします。


THE MAYOR'S MESSAGE
HIS HONOUR, MR. G. KATSUDA, EXTENDS CONGRATULATIONS

The message of Mr. Ginjiro Katsuda, Mayor of Kobe, Follows:-
"As Mayor of Kobe, I have much pleasure in extending to the Kobe Muslim Mosque Committee my hearty congratulations on the occasion of the opening of the Mosque. It is the first Muslim Mosque built in Japan, and Kobe may well be proud of it. The appearance of the New Mosque is quite befitting such a Cosmopolitan city as Kobe, and it adds a new attraction to the already numerous places of interest in the city.
The new Mosque affords a place of worship for Muslim peaple not only in Kobe, but for those living in other places of Japan, making Kobe the Mecca of Japan.
I share the joy and satisfaction of the Muslims on this auspicious day and hope it will prove to be an instrument to promote friendship among the races.
I feel that I am expressing, in this message of congratulation, not only my own personal feelings but the feelings of the peaple of Kobe. As the years have gone by Japan and Muslim countries including Egypt, Turkey, Iran, Afghanistan, and also India, have felt closer and closer, and it is my earnest wish that this new place of worship will prove to be another strong link in the chain of Muslim-Japanese friendship."


 回々教寺院開院式に當り余は神戸市長として寺院建立委員に對し心からの祝詞を呈する事を欣快とするものである。同寺院は日本に於ける最初の回々教寺院であって神戸市として誇るに足るものである。この寺院の出現は神戸市の如き國際都市にとって誠に相應しいものであって已に多くの名所を有する本市に更に一つの名所を加へるものである。
 今回建立されたる寺院は神戸のみならず日本各地に在住する回々教徒に禮拝の場所を與ふるものであって神戸をして日本のメッカたらしめるものである。
 余は此佳日に際し回々教徒と喜びを共にするものであってこれが将来各民族間の親交を助長する機関たらん事を希望する次第である。余はこの祝詞を呈するに當り余自身のみならず神戸市民の感情を表現して居るものと信ずるのである。年と共に日本と回々教國との関係は密接の度を加へたのであるがこの禮拝所は日本と回々教國との親善の強力なる楔たらん事を切望する次第である。

神戸市長 勝田銀次郎


慈悲に富み恵み深い神の御名において
皆さん
 モスリム・モスク(イスラム寺院)建立の最後的報告に兼ねて一九三六年三月末日までの会計報告を致します。先ず最初に当寺院建立のそもそもの発起人であるM. A. K. ボチア氏の名を挙げねばなりません。寺院の今日あるのは実に同氏のあくまで大胆に強気にその計画を運んで行かれたことによるのであります。醸金総額約十二万円の内六万六千円はフィローズディン氏の寄付にかかるもので氏の義侠的行為がもし無かったとするならば今日我々在神イスラム教徒が文字通り神戸の一名所とも誇るべきこの美はしく堂々たる大伽藍を建設することは出来なかったでありませう。イスラム教の日本進出に対する両氏の功績に対し在神教徒は等しくあらゆる手段を尽して経緯を表したいと熱望してゐたものであります。

 モスクの礎石は一九三四年十一月三十日(金曜日)多数名士参列の上M.A.K.ボチア氏によって鎮められいよいよ竣工するや一九三五年九月二日(金曜日)日本はもとより印度、ロシヤ、ドイツ、満州、支那、トルキスタン、ジャヴァ、エジプト、アフガニスタン等関係各国から遥々来朝した多数の男女教徒を迎へフィローズディン氏の手によって献堂式を挙行しました。会長P.M.マスター氏は先づ起つて簡単に工事経過を報告し、ついでさし招かれたフィローズディン氏は寺院正門に歩みを進め短いながら力強い調子で以後六ヶ月間の寺院経費を引受けようと述べ特に用意された銀の鍵で扉を開き、美はしい日出づる国に始めて生れたイスラム寺院の開院を宣言、続いて一同は口々に「アッラーフ・アクバル」(神は偉大なるかな!)を唱えながら入場しました。かくてこの寺院最初の金曜日祈祷会の呼出しが尖塔の頂きでフィローズディン氏によって行はれ、続いて祈祷会に移りました。日本で始めて我等が信仰の殿堂を作り上げたこの日は我々教徒にとって実にめでたい日でありました。この記念すべき日以来祈祷会は規則正しく続けられましたが、当時は暑い時候であったため日本官民諸名士を招待して喜びを分つのは涼しくなってからといふことになり、いよいよ十月十一日午後約六百名の賓客を迎へてモスクを縦覧に供した後トア・ホテルで祝賀会を開きました。席上司会者となるべきフィローズディン氏がたまたま印度へ帰国中でありまたM.A.K.ボチア氏も旅行中とて御参列を見ず大変残念でしたが、その代りに当時たまたま来朝中であった弁護士ミアン・アブドウル・アジズ氏に司会をお願ひしました。なほ工事監督の任に当られたヴァリスール・モハメッド氏の労も多とせねばなりません。

 また寺院建立のため各々その分に応じて力強い強力の手を差伸べた兄弟たちにも感謝せねばなりません。神よ、願はくば彼らに恵みとよき酬いを賜はらんことを!

 また畏くも 天皇陛下の聖恩宏大にして外国人にまであまねくその領土に於て信仰の自由を賜はりましたことに対し、謹んで御礼申し上げる次第でございます。

 モスクの財政状態は幸ひにして健全、終始相償ってをります。壱万参千円を投じて家屋を購入、毎月約百円の純益を生み出して居ります。ほかに現金弐万七千円あり、これでさらに家屋を購入、毎月弐百円の収入をあげるならばモスクの維持費は十分であると考へて居おります。なほその上A.A.カリム兄弟商会から横浜において納税免除の土地八十一坪の寄付を受けました。
 我々は眼前に一つの重大問題を控へて居ります。イスラム教は日本では公認宗教でないからキリスト教その他公認宗教同様の特典を受けることが出来ません。我々は日本政府がこの宗教をよく理解するやう極力奔走する覚悟であります、然しこれはよく短時日に成し得られることではない、全日本のイスラム教徒を代表し、あくまでたゆまず力を合せあらゆる難関を乗越えて目的貫徹へ邁進する考へです。
イスラム教徒は皆何時何処でも伝道の義務がありますが、我々はここに全力を尽くしてモスクを建立これを盛立ててゐるのですから、さらに世界の兄弟たちに訴へて宗教発展のため協力を求めねばなりません。そのためには先づイスラム教を近代精神によってよく理解し、一切の費用を自分で負担することの出来る宣教師の渡来が望ましい。御希望の方は事前に我々の方へ相談が願はしいと思ひます。最後に出所の如何を問はず、宗教の発展に尽くすところか却って大変な妨げとなるやうな誤報を防ぐために、日本におけるイスラム運動の真相を伝へた正しい報告を御申越次第、随時差上げることをここに約束致します。
 なほ当モスクの経常費は寺有財産収入に依って十分支弁され、従ってモスクの名に依る寄付金募集並に献金は一切行はないことを世界の兄弟たちに宣言致します。

神戸ムスリム・モスク理事会


尚、こちらのページ(神戸ムスリムモスクの歴史)にて資料「神戸ムスリムモスク報告書」をダウンロードする事ができます。



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2017/08/23   イード・アル=フィトルの礼拝
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2017/06/24   『イード・アル・フィトル』のご案内
2017/05/26   ラマダンタイムテーブル
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2017/02/13   HAJJ(大巡礼)のご案内
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2017/02/03   高校生のモスク見学

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神戸ムスリムモスクの歴史
2016/09/06   >>学習資料

 神戸においてモスク建立の必要性が認識されたのは、第一次世界大戦中・戦後に神戸に移住するイスラーム教徒が増加し、計画の具体化は、1928年(昭和3年)来日したインド人貿易商が資金集めに着手した。1925年(大正14年)に来日したエジプト領事も計画に一時的に推進力を与えたが、途中帰国により、エジプト政府の資金導入は出来なかった。
 恐慌による経済不況とエジプト人領事の帰国で、困難に直面した神戸モスク建立事業は、インド人商人たちのお陰で息を吹き返した。

 フェローズッディン (Ferozuddin) は資金総額(12万円弱)の半分以上を一人で負担し、ボンベイ(ムンバイ)に本社があるアフメド・アブドゥル・カリム兄弟社が次点の大口出資者となった。また、神戸トルコ・タタール協会も寄付した。当時、決して裕福ではなかったタタール人が生活費を削って寄付金を集めた。海外で資金集めをした S.A.アハメド (S.A.Ahmad) は、インド、英国の海峡植民地にも赴いたが来日した後病死し、モスクの完成をみることはなかった。
 神戸では、大口出資者のインド人の例外として、在朝鮮タタール人、在神エジプト領事、シリア商人、エジプト領事館員。
 1934年(昭和9年)11月14日にモスク建設認可が下り、竹中工務店と契約、鉄筋コンクリート造のモスク本体は、地上三階、地下一階で、設計はチェコ出身の建築家ヤン・ヨセフ・スワガーによる「スワガー建築事務所」。当時、イスラーム教は新宗教と同じく、行政上「宗教」の扱いを受けない「類似宗教」と見なされ、法人格は認められなかったが特に問題にはならなかった。

 1934年(昭和9年)11月30日に定礎式が行われた。トルコ・タタール人、インド人340名が参集した記録があるが、他の都市の参加者も含めた数字と思われる。在日アフガニスタン国公使、在神エジプト領事、在神英国副領事、日本人トルコ学者等が出席。インド人、タタール人の演説は非政治的なものだったと記録がある。日本初のモスク定礎式が行われた事実は海外でも知られることとなった。
 1935年(昭和10年)7月末に神戸モスクは竣工し、7月24日にモスク使用許可が与えられ、8月2日金曜日に、献堂式が行われた。 インド、ロシア、ドイツ、満州、中国、トルキスタン、ジャワ、日本、エジプト、アフガニスタン出身のイスラーム教徒男女が参集し、モスク委員長のインド人がモスク建立の経緯を語った後、フェローズッディンがモスクの開扉を依頼され、彼はこの日の為に特別に用意された銀の鍵で扉を開け、「日出づる国」初の「イスラーム寺院の開院」を宣言した。これに続いて、会衆が「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と唱えながらモスクへ入り、フェローズッディンによってミナレットの上から、アザーンが行われた後、モスクで初めての金曜礼拝が行われた。

出展
1.福田義昭「神戸モスク建立 −昭和戦前期の在神ムスリムによる日本初のモスク建立事業」アジア文化研究所研究年報(東邦大学アジア文化研究所)45号 2011年
2.WIKIPEDIA 神戸モスク